1998年。天皇賞秋のその日、東京メインレースの馬券を外していました。
いつもは穴馬ばかりを買って一番人気を買わない無茶な穴狙い、それでもこの日の天皇賞秋では一番人気を買わざるを得ない、それほどまでに強い馬が圧倒的な一番人気になっていました。
その馬の名はサイレンススズカ。
稀代の逃げ馬として今も語り草となっているレースは多数、そのレースどれもが前半のペースから想像もつかない破格の脚で上がり三ハロンをまとめる競走能力に魅了される競馬ファンが多数。
そうして秋競馬初戦の毎日王冠も、その破格の脚でそこいらの古馬と対戦しても負けないだろうといわれていたその世代最強のエルコンドルパサーとグラスワンダーを軽くいなしているかのようなレース振りで圧勝、天皇賞秋に駒を進めてきました。
当然のように単勝1.2倍の一番人気、二番人気のメジロブライトがいきなり6.2倍になるという人気の過熱ぶりで、天皇賞秋はこれまでの6戦同様にサイレンススズカがどのような勝ち方をするのか、というところに焦点が集まったレース発走前でした。
なにせ、前半1000mを58秒台、並みの馬では簡単に一杯になってしまうようなペースで前半を走りぬいておきながら、上がり三ハロンは36秒台で軽くレースをまとめてしまうそのスピード、だれもかなわないと思っていました。前年六着に敗れた天皇賞秋でも前半1000mは58秒台で走っています。でもそのあとの上がり三ハロンは37秒、大器の片鱗は見せていましたが、まだ最強馬と呼ぶには程遠い状態でした。これが、一年経てば、お終いの脚までもがしっかりとまとまるようになり、最後の直線でもスピードは衰えることなく先頭で走り切るようになっていました。
天皇賞秋の魔物
天皇賞秋には魔物が潜んでいる、90年代の競馬ではそう言われていました。
これは天皇賞秋のスタート位置から最初のコーナーまでの距離が短く、インに殺到する馬群を捌くことが非常に難しかったことから、紛れの多いレースとなってしまい、穴馬が台頭し波乱を呼ぶレースだったことから、本命馬が敗北することを指して魔物と呼んでいたんだと、個人的には思っています。
一番人気が簡単に負けてしまう、魔物の存在。しかし、サイレンススズカに限ってその魔物の影響が及ぶとは思えませんでした、それほどまでに強い競馬をやり切ってきたのです。
しかしその魔物は四コーナー付近で襲い掛かります。
サイレンススズカが首を大きく上げ、最後の直線に入る前に四コーナーを曲がらずに大きく外へ逸走、そのまま競走を中止してしまいした。
予後不良。
こうして、古馬になって開眼したサイレンススズカは、誰にもその影を踏ませることなく、突然我々の前から別れを告げ、競走生活を終えることになってしまいます。
競馬ファンが見たかったその後
2000mの天皇賞は既に春の金鯱賞2000mと宝塚記念2200mの圧勝で、距離の壁はないと思われていました。競馬ファンはサイレンススズカが天皇賞秋を圧勝したのち、ジャパンカップを走るのか、有馬記念を走るのか、そして2400mでも2500mでのあの脚が衰えることなく走り切れるのか、様々な憶測が飛び交っていましたが、競馬ファンは実際のレースでその結果を答え合わせしたかったんじゃないか、と思っています。
走れたかもしれないし走れなかったかもしれない、最強は最強のままなのか、それとも距離の壁に当たり挫折してしまうのか、そのギリギリのレースを見たかったんだと思っています。
でも、もうそのレースは見れませんし、答え合わせもできやしません。
穴党からすれば、勝ち逃げされたような格好です。「ズルい…」出走のたびにサイレンススズカに勝てる穴馬を探すことで対戦してきたつもりになっている私は悲しい気持ちになりながら、府中の四コーナーに散った最強馬を呆然と見つめていました。
エイシンヒカリ
その17年後、サイレンススズカほどのインパクトはないにしても毎日王冠を強いレース振りで逃げ勝った馬がいました。
その名は、エイシンヒカリ。
鞍上のサイレンススズカと同じ武豊。
前半1000mが59.9秒、上がり三ハロンは34.0秒、サイレンススズカに及ばないレース振りかもしれませんが、二番手追走したグランデッツァ、リアルインパクトやヴァンセンヌあたりが二ケタ着順に大敗しているレース。前を行く馬にとっては厳しいレース展開だったといえる(かもしれない)レースです。
このとき今年の有力馬アンビシャスやステファノスも出走していますが、掲示板外に敗れています。
ハナを奪ってそのまま逃げ切る毎日王冠。その強いレース振りには17年前の名馬と重ね合わせる競馬ファンが何人もいたようです。
いつしか、サイレンススズカの天皇賞秋の向こう側を見たくて、エイシンヒカリにその夢を乗せてしまってるように見えました。
エイシンヒカリはサイレンススズカじゃない
当然ですが、エイシンヒカリはサイレンススズカではありません。
サイレンススズカに重ね合わせたい反面、エイシンヒカリにはエイシンヒカリのレースがあります。
弥生賞でゲートをくぐってレースのスタートを妨害したやんちゃなサイレンススズカ、アイルランドTで大逃げを打ち最後の直線で外ラチ沿いまで大きく逸走しながらも逃げ切ったエイシンヒカリ。
個性的な馬に必要なやんちゃエピソードも一つづつ持っています。それでもエイシンヒカリはエイシンヒカリです。
去年、あの毎日王冠の勝ちっぷりで天皇賞秋を勝てなかったのは、もしかしてGIの勲章が足りなかったんじゃないか?とも思います。
今年はフランスでGIイスパーン賞を勝利していますから、大手を振ってGI馬として天皇賞秋を走り切って欲しいですね。
去年9着に敗れてしまったレースで、今度はフランスGI馬としてリベンジを果たしてもらいたいです。その先にあるのは香港Cの二連覇?
エイシンヒカリは国内戦ラストランとなるそうです。天皇賞秋でエイシンヒカリの雄姿は日本国内では見れなくなってしまいます。
おそらく昨年勝利した香港C辺りに直行するんだと思われます。
今年の天皇賞秋、いろいろな強豪が出走してきます。その強豪たちの中で、エイシンヒカリは最内1枠1番に入りました。
エイシンヒカリの逃げ、果たして?